2005.11.24(木)

現在の私が作曲する上での究極の目標は、M.ラヴェルの「ボレロ」(1928年初演)のような曲を作ることでである。
スネア・ドラムが一環してボレロのリズムを刻み、全く同じメロディーが楽器を変えて演奏されるだけの曲。
同じメロディーを延々と繰り返しながらも、緊張感はそのまま。
次第にクレッシェンドしていき、最後の一瞬だけ和音進行が変わり、曲は終る。
たったこれだけの曲なのに、20世紀のマスターピース。
すげぇ。
wikipedia解説の方がより詳しいです♪)

ちなみに私の敬愛するNine Inch Nailsにも同じパターンを繰り返し、変奏していく曲が結構ある。
特にアルバム"The Fragile"(1999)でのインストに多いんですよ。

私も自作曲でこういうの、結構作ってるなぁ。
元来粘着質な性格のツボにはまったからというか、安直に影響受けちゃうからというか。
一番最近作った曲も、メインとなるコードパターンはせいぜい2つくらいでしたね。そういえば。

最小限の極上素材に必要最小限の加工のみを施しただけの、シンプルだけど奥が深い作品。
私が「ボレロ」を目標とするのは、そんな曲が作りたいからでしょうねぇ。
オーケストレーションもメロディ、リズム、低音以外特に余計なもの入れてないし。 シンプルですよ、あの曲は。
どうしてあんなにきらびやかなアンサンブルになるのか、ホント不思議。
装飾いっぱいの複雑怪奇な展開の曲も面白いんですが、いかんせん頭の足りない22が創るには難しい。

絵画や彫刻の様に固体として残らないものだから、いかに印象に残るものを創るか。
音楽にしろ詩の朗読にしろ、「オト」という時間芸術を扱うときはよく考える。


やだーこんな頭でっかちなうんちくーー。
もうちょっと小難しくない作れないもんかねーあんたー??

22

2005.11.3

【写真:詩ボクICU大会打ち上げ後、盟友松永天馬くん@アーバンギャルドのライブへ行く。10ヶ月ぶりのキューピーとの再会に感無量(笑)】

もうさっさと夜間作曲家生活に復帰。
実は私のiBookちゃんを近日中に●ヤくん卒論用に借り出さなくちゃいけないので、早く1曲仕上げたいのさ。

まずご報告。
先日行われました詩ボクICU大会、
無事に終了いたしました♪
お客様の反応も比較的良く、実行委員&(なんちゃって)レフェリー担当の22としては、非常に嬉しかったです。
大学生ならではの詩の世界があの場にありました。それもまたオツです。
22は学生じゃないけど、なんだか青春。

ちなみに当日のビデオを録っていながら写真を撮っていないのですが(おいおい)、試合結果のみでも近日中に
特設サイトに載せたいと思っております。しばしお待ち下さい。

ちょっとだけ大会のネタバラしになります。
先日の大会では、都麦選手という素晴らしい女性ボクサーが優勝しました。
彼女の朗読するたたずまいを観ながら、「たたずまいで表現出来る者」ということを非常に考えてしまったのです・・・・・・。

私の敬愛するオノ・ヨーコ様々は、その最も相応しい例である。
作品そのものの力もさることながら、『人間性そのものがアート』―すなわち、Life=Art。
ステージで奇声を発していても、新聞の全面広告を出しても、ゴシップネタ振りまいても(爆)、TVインタビューを受けていても、全てアーティスト、オノ・ヨーコの表現するアートである。

作品と人間性を切り離すアーティストもいるが(昔いたバンドもそうだった)、詩ボクに復帰してからそういうのにあまり魅力を感じなくなってきた。
音程が取れてるとか、滑舌がいいとか、超絶テクで楽器が弾けるとか、アヴァンギャルドな奇声が出来るとか、某米国大統領とは雲泥の差の豊富な語彙力があるとか、そういう上っ面だけじゃなくて。
どんなに綺麗なメロディーや言葉を作れても、キミにはそれを活かすことが出来る「人間力」があるか?
今、私達の目の前で見せているパフォーマンスは、果たして等身大のキミの姿なのか?

今の所、いろいろな経験を積むくらいしか、人間力アップの方法が見つからない。

私にはそういった"Life=Art"といった類のオーラが無いなぁ(涙)。

昨日から、通勤中に即興詩を声に出して練習している(爆)22です。
歩きながらブツブツと即興詩を練習している危険人物を見かけたら、紛れもなく私でしょう・・・・・・。

22

*一部リンク切れがあります。ご容赦下さい。

戻る